理想を言うなれば、繋げていることを感じさせないペダルが最も素晴らしいぺダルである。エフェクター製作者でありながらそう断言する男が作るだけに、同ブランドの製品はプロをも唸らせるのである。
インタビュー&文|下総淳哉 Junya Shimofusa
ヴィンテージ・エフェクターの音に魅せられ、そのサウンドを再現しようと試みている男がいる。自ら“アナログマン”と名乗るその人物は、ヴィンテージ・ペダル、中でも“TS-808”を徹底的に研究し尽くし(その成果は彼のHP[analogman.com]で確認することができる)、遂にはその音を手に入れることに成功。“TS9”を始めとするTSシリーズに手を入れ“TS-808”風のトーンにするというその手法は、今や誰もが知るほど有名な改造であるが、彼はその先駆けにして、同ブランドの手掛けた製品はプロからの評価も高い。そして、現在はモディファイに留まらず、様々なペダルの研究から得た知識をさらに応用、オリジナル・モデルの開発にも着手している。そんな“歪み”を極めた男が語るチューブ・スクリーマーへの愛、そしてオリジナル・モデルの開発へ懸ける情熱とは??
アナログマンの主催者であるアナログ・マイク(左)。
右は同ブランド製品の愛用者でもあるトニー・レヴィン。
キングクリムゾンへの参加などで知られるミュージシャンである。
----アナログマンはヴィンテージ・ペダルの研究家としても有名です。特にチューブ・スクリーマーへの思いに関しては、実に熱いものがありますよね?
アナログマン(以下AM):チューブ・スクリーマーに関しては、私個人でできる範囲で最大限の研究を行ないました。というのも、1990年当時、スティーヴィー・レイ・ヴォーン、エリック・ジョンソンらの影響からなんでしょうが、“TS-808”に対する需要がもの凄く高まったんです。そのせいか、オリジナルに異常な高価がつけられてしまい、入手が困難な状況になってしまいました。だったら、自分で作るしかないと思い立ち、研究を始めたんです。幸い携わっていた楽器ビジネスのおかげで、何台かのオリジナルを手頃な値段で入手することができましたし。
----そうした研究の成果、導き出された答えが“モディファイ”という結論だった、と。“TS9”を改造して“TS-808”サウンドにするという方法は、今でこそポピュラーですが、画期的でしたよね。
AM:オリジナルの“TS-808”と“TS9”を分析した結果判明したのが、両者は全く同じプリント基板が用いられていて、回路の違いもほんの僅かだという事実でした。そこで、私は既にJRC4558Dを搭載した古い“TS9”か、もしくは新たにJRC4558Dを実装することができれば、“TS9”を簡単な作業で私の好きなタイプの“TS-808”に近づけることができると分かったんです。でも、肝心なJRC4558Dをアメリカ国内では見つけ出すことができなくて…。結局、私はオペアンプを探し求めて日本の秋葉原を探し回るはめになりました。“JRC4558D”と書いた紙を持ってね(笑)。
----オーヴァードライヴにおいて、オペアンプというパーツは、そんなに重要な要素なんですか?
AM:基本的な回路が良い状態に調整されているという条件下であれば、オペアンプは最終的な音を細かく調整したり、サウンドの方向付けをするという意味で重要なパーツと言えます。とはいえ、オペアンプの交換だけで、ペダルの音が抜本的に変わるわけではありません。その重要度を、サウンド全体のバランスを決める効果の度合いと言い換えれば、オリジナルの“TS-808”でも50
%以下なんじゃないでしょうか。ちなみに、オリジナル“TS-808”サウンドに与える各パーツの影響度を順番に並べるなら、(1)オペアンプ
、(2)コンデンサーの種類、(3)ダイオード、(4) スイッチングFETのタイプ、となります。これら全ての要素がバランス良く組み合わせられた状態が“あのサウンド”の基本となります。
----要は全体のバランスが重要なわけですね。オペアンプに関しては、古いものが良いという話も聞きますが、それは事実なんでしょうか?
AM:私たちは、実際のところ古いJRC4558Dと新しいものをそれほど区別してるわけじゃありません。オリジナル“TS-808”の音を分析するヒアリングの過程や、モディファイの研究過程で得られた知識から言うと、それぞれほぼ共通に使える“良い音の要素”と捉えています。よって、特別な目的がある場合には古い方を使いますが、通常は新しいものの方がより音が安定し、性能も発揮しやすく使いやすいと考えてます。
----なるほど、それは興味深い研究結果ですね。アナログマンではオリジナル・モデルも開発していますが、そうした研究は“King
of Tone”などの開発に役立っていそうですね?
AM:“King of Tone”は、ジム・ウエイダー(元ザ・バンドのメンバーとして知られるギタリスト)のオファーだったんです。彼自身が所有する古い“TS-808”より良い音のペダルを必要としたことから開発に着手しました。2003年のことです。サウンドの最終目標は、彼が所有するブラックフェイス期のフェンダー・デラックス・リヴァーブのトーンでした。シーザー・ディアズの手によるモディファイが施されているアンプで、音の次元は実に驚くべきものでしたね。
----私も“King
of Tone”を試奏しましたが、とても素直な音が印象的でした。これは他のアナログマン製品にも言えることなのですが、元のサウンドに過度な味付けをしないように心がけているのでは?
AM:チューブ・スクリーマーをベースにした数多くのペダルが人気を集めているのは事実ですが、我々は敢えてそれらとは違う方向を目指して“King
of Tone”を開発したんです。チューブ・スクリーマーほど音に味を付けてしまわないようなペダルを作りたかったのです。それに、過剰な音の変化や味付けを避けるのは、我々の全てのペダルにおける共通の基本方針なのです。
----では、アナログマンにとって優れたオーヴァードライヴ・ペダルの条件とは?
AM:暖かで滑らかな音、過度の低音がなく、過度にきつい高音もなく、力強くしかし過剰な中音域がないサウンド。そして、使いやすいドライヴとトーン・コントロールを有し、アンプを鳴らし切るために充分な出力レベルを持つものです。
----エフェクターの開発、特にオーヴァードライヴの開発に関して一番重要なことは何でしょうか?
AM:我々は、プロの演奏家が「このペダルには特別な魅力がある」と感じてくれるようなものであるのと同時に誰もが演奏を楽しむために使える、そういったオーヴァードライヴを製作したいと思っています。そのためには、ペダルを使っているような感覚を与えず、実際に自分のギターとアンプが鳴っているかのような感覚を持つものでなければならないと思っています。