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Larry Kimpelインタビュー
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ラリー・カールトンやジョージ・デュークなど多くのミュージシャンに頼りにされるベーシスト。ベーシストとしての技量はもちろん、シンガーとしてソングライターとしても活躍中です。

「シカゴでの音楽活動とロサンゼルスへ来た理由」

Pci: シカゴの出身ですよね?

Larry: 1959年、10月11日にシカゴで生まれました。

Pci: いつから楽器を弾き始めたんですか?

Larry: ピアノを5才の時に始めました。 家族はみんな音楽好きで、姉がその頃ピアノを習っていて、叔母がピアノを買ってくれたんですが、彼女は興味をなくしちゃったんです。でも、ラジオでRamsey Lewis(ラムゼイ・ルイス)を踊りながら聴いていた私が、どう思いついたのか彼の音楽に合わせてピアノでノートを叩き始めたんですよ。 それを見ていた叔母が、おもしろいからこの子にピアノのレッスンを受けさせてみようということになったのが始まりです。ピアノのレッスンは5才から11才ぐらいまでやっていたと思います。 アートにも興味があったのでArt Institute of Chicagoにも通っていましたが、やっぱり音楽の方に力を入れるようになりました。 でもその後、ピアノのレッスンは思ったように進まなかったのでやめちゃいましたね。 わたしは、Ramsey Lewisが弾きたかったんですよ。レッスンを受けていた時も、いつになったら「The In Crowd」を教えてくれるんだろうって思っていました。 レッスンでは基礎的なことばかりをやって、それは後で大変役に立ちましたね。 教会で弾いていたりはしたんですが、自分ではあまり上手いと思っていなかったのでアートの方に数年集中しました。 グラフィック・アーティストになりたかったんですよ。 11才の時にそれもちょっと休むことになったんですが、それには理由があったんです。 それはギターとの出会いです。 同じシカゴに住んでいた兄はドラムとギターを少しやっていて、私が遊びに行く数年前にギターを購入していました。 遊びに行った時に、彼のギターで遊んでいたら、もう使ってないから持って帰っていいよって言ってくれたんですよ。 末っ子だった私はみんなから可愛がられていてね。 それからギターを弾くようになったんです。11才の時でした。その後、姉が初めてのアルバムを買ってくれて、それがCurtis Mayfieldの「Super Fly」でした。 それをかけると世界が広がる感じでしたね。 聴いた後、音がずっと体の中で鳴っているようなすごいラッシュでした。 興味津々になってギターのパートを弾こうと練習していたのですが、このベースがすごい頭の中でがんがん鳴ってギターのパートが聞こえないんですよ。 それで、ギターの上の2弦、高音のBとEを取ってしまってベースのパートを弾き始めました。 初めに弾いたのは「Freddy’s Dead」です。 ということで、私はフォークギターでベースの弾き方を学んだんですよ。(笑)

Pci: そうでしたか。その頃どんな曲を聴いていたんですか?

Larry: その頃は、Curtis Mayfieldで14才くらいの時から色々なものを聴くようになりました。 Black Sabbath、Rufus and Chaka Khan、Herbie Hancookとかそんな感じですね。 そしてジョージ・ハンターというプロのミュージシャンで、高校の教師でもありバンドディレクターでもあるという人に出会い、とても恵まれていました。 私が16才の時に、彼が色々なセッションプレイヤーに紹介してくれたんです。 

Pci: 高校のバンドではどんな音楽をプレイしてましたか?

Larry: だいたいジャズかR&Bでした。ロック系はあまりやりませんでしたね。

Pci: それでいつロスに移ったんですか?

Larry: 1991年の2月にこちらに来ました。

Pci: その時、何才でしたか?

Larry: 30才ぐらいでした。

Pci: 何故ロスに来たんですか?

Larry: シカゴで出来ることはもう全部やったと思ったからです。 もうその頃は古いAtlantic Recordのレーベルが閉鎖するということになっていて、シカゴのレコード業界の最後の数年だったんです。 Staple Singersとも5年やって世界中をツアーしました。 日本でもプレイしたし、1981年にはモントリオールジャズフェスティバルでもプレイしました。本当に色々なことをしました。 自分がやりたいことは全部やりきったと感じていました。

Pci: ロスでの最初のプロジェクトは何でしたか?

Larry: 初めてのセッションはGeorge Duke(ジョージ・デューク)とでした。

Pci: 他にも色々な人とセッションをされてきたと思いますが、何か面白いエピソードがあればお願いします。

Larry: うーん、面白い話ねえ。 一番面白かったのは、Jonathan Butler(ジョナサン・バトラー)と南アフリカに行った時ですね。 あれは本当に印象的でした。 アフリカに行ったことはありましたが、南アフリカ共和国に行ったことはなかったんです。Jonathanはあそこではマイケル・ジャクソンぐらい人気があるんですよ。 そういう人とツアーをしたのは彼が初めてでした。 飛行機から降りた時にはマーチングバンドが待っていて、「We love you, Jonathan!」というサインを掲げていました。 本当にビッグなイベントだったんですね。 王様のようによくしてくれて、ちょっと可笑しかったです。 それから、Alanis Morissette(アラニス・モリセット)と「Jagged Little Pill」のツアーをした時もすごかったです。 彼女のレギュラーのベースプレイヤーの替りとしてツアーに加わりました。 あれは本当に滅茶苦茶でしたよ。1997年頃、彼女は本当にすごい人気でしたからね。 ホテルの前にキャンプしているファンもいて、バンド全員がセキュリティーにかこまれながら押し進まなきゃならないぐらいでした。 クレイジーでした。(笑)

Pci: 日本には今までどんなアーティストと行きましたか?

Larry: ジョージ・デュークと、ラリー・カールトン、後は誰だっけ? 

Pci: 尊敬しているベースプレイヤー、あるいは影響を受けたたベースプレイヤーは誰ですか?

Larry: 小さい頃、真似したいと思った人は数人いますよ。 中でも第一人者は、Chuck Rainey(チャック・レイニー)です。

Pci: ギタリストではどなたがお好きですか?

Larry: ラリー・カールトンは一緒にプレイする前から、見るのも聴くのも楽しい人だなと思っていました。 彼の音楽はいいですよね。 とても自由で喜びにあふれた感じがします。 ジョナサン・バトラーも似た感性なんですが、南アフリカ的でもっと自由な感じがします。 後は誰でしょう、圧倒されるほどすごい人がいますよね。 Joe Satriani(ジョー・サトリアーニ)はクレイジーなほど凄いですよね。 それから、Steve Vai(スティーブ・ヴァイ)。彼らは技術的に優れているだけでなくソウルフルですよね。 心から弾いている。それからPaul Jackson Jr.(ポール・ジャクソン・ジュニア)もとても好きです。

Pci: ポールとはプレイしたことはありますか?

Larry: ポールとは多数のレコードで一緒にプレイをしています。グッドガイですね。 それから、Ray Fuller(レイ・フラー)は幼なじみなんですけど、優秀なギターリストですよ。昔は泣き虫Rayって呼んで出たんですよ。(笑) George Benson(ジョージ・ベンソン)もいいですねえ。「Love Remembers」というアルバムで一緒に仕事をしましたが、本当に素晴らしいです。 ウォームアップもしないで、ギターをケースから取り出してすぐああいう風に弾けちゃうんですよ。 彼はピックも使いませんしね。

Pci: お気に入りのドラマーは?

Larry: 尊敬するドラマーは沢山います。 Ricky Lawson(リッキー・ローソン)とか。 Rickyのドラムは最高です。 彼とはいい友達でもあります。 Vinnie Colaiuta(ビニー・カリウタ)、Steve Gadd(スティーブ・ガッド)とはTom Scott(トム・スコット)のアルバムで一緒に仕事をしたことがあるんですが、とても良かったです。 他にもJohn Robinson(ジョン・ロビンソン)やSonny Emory(ソニー・エモリー)など、いいドラマーは沢山います。

(次ページへ続く)