もう何度も言っていることだが、ニューヨークで音楽を続けて以来、「歌=言葉」の素晴らしさ、大切さを痛感してきた。不器用で荒削りでもいいから自分の「言葉」で唄う歌、それは時には、どんなに上手に他人の「言葉」で唄われた歌よりも聴く側の心を揺さぶるのだという事実を、何度も目撃し体験もしてきたのだ。今後、自分の創作と表現のために、大きく分けて三つのフィールドを積極的に切り開いてゆこうと思っている。一つは今までにも嫌というほど続けてきた、純然たるバックアップ・ミュージシャンとしてのフィールド、二つ目はリーダーとして好みのリズムセクションとシンガーをまとめ、徹底的にバンド・ダイレクター兼ギタリストになりきるフィールド、そして三つ目はリーダー兼ダイレクター兼ギタリスト兼シンガーとして、自分の、「歌=言葉」にこだわり通せるフィールド。 一つ目のフィールドは一番楽だ。少なくとも、つまらなさそうにせず、言われたとおりにギターを弾いていればいいわけだから。でも演奏がそんなやっつけ仕事にならないようにするのが俺にとっては相当な重労働で、「つまらない演奏でも生活のために『乗っている』ように演技する」というのが滅茶苦茶苦手なのだ。シンガーが良くて、バンドがタイトならば、頼まれなくても体は勝手に動き出し、感情が音となって流れ出す。逆な言い方をすれば、このフィールドではせめて、いつも良いシンガー、経験豊かなプレーヤーとだけ演奏をしたいと、つくづく願わずにはいられない。 二つ目は早い話、制約の一切ない環境で思いっきりギターを弾きたい、そうゆう超ワガママを通す場だ。良いシンガーのギタリストをつとめることは最高に幸せな事で、ましてや俺がやりたい曲だけをそんなお気に入りのシンガーに唄ってもらい、気心の知れたリズムセクションと共にバックアップするという、贅沢なフィールドだ。今までこの街が教えてくれた事を、自分なりの形で表現するための「ショーケース」ともいえると思う。ちょっとここで宣伝させていただくが、次回の「ショーケース」は12月4日、ニュージャージー州ホーボーケン(マンハッタンからでも地下鉄で僅か20分足らず。)にあるブルースクラブ「スコットランド・ヤード」で午後8時から、G.JUKEというユニット名で、入場は無料だ。今回のG.JUKEは、徹底的にブルースにこだわってみる。デイヴ・フレンチは三十年以上、ニューヨークのプロ・ブルース・シンガーとして活動する大ヴェテランだ。良い歌を唄うぞ! 〜〜〜〜〜〜〜〜 昨年の11月に初めて本格的なギグを東京でおこなう機会を得られたことが大きく後押しして、このように今年はニューヨークでも今までよりもずっと積極的に自分を表現する場を開拓してきたし、改めてオリジナル曲に積極的に取り組んでゆきたいと思うようになった。その第一歩が、プロモーション・CDを製作することだった。正直言って納得のゆく英語歌詞を書けるまでの英語力はない。つまり気持ちや感情を率直に表現できるほど、英語という「言葉」は自分の言葉になっていない。だからオリジナル詞は全て日本語で書いたし、多分これから先もずっとこのまま日本語歌詞にこだわり続けると思う。ところがそうなると、大きな大きな問題がここに生まれてくる。一体、誰に唄ってもらうか、ヴォーカルを誰にするか、これはリズムセクションやホーンセクションをみつけるよりもずっと難しい。去年の東京での演奏では、ヴォーカルを探す時間など全くなかったから、思い切って11曲中10曲を唄ってみた。唄うことは大好きだが、しかしこれは好き嫌いの問題ではない。友人が録画してくれた映像をプレーバックしてみると、やはり俺の歌はあきらかに弱い。ましてここはニューヨーク、日本語歌詞を唄ってくれる実力のある歌手を探すことなどまず100%無理だろう。結果、雇うことのできる最高のドラマー、ベーシストとレコーディング・エンジニアの三人と共にスタジオにこもり、無理を承知で6曲すべてを歌い、7月の終わりにCDを完成させた。いまここで取り組んでおかなければこの先には一歩も進めない、なぜかそう思えてならなかった自分の感情に徹底的に正直になり、全てゼロからの手作業で出来上がったこのCDは、しかしその出来映えには満足しているし、もしこれが何かのきっかけになり、「三つ目のフィールド」がより広く開けてくれれば、と楽しみにしている。 前にも何度かこのコラムでふれた、古いミュージシャン仲間の一人に、ニューヨークでも指折りの名サキソフォン・プレーヤー、ダニエル・シプリアーノ(ダニー)という男がいる。先日あるジャムで久しぶりに彼と一緒になり、セッションの前にバー・カウンターで音楽談義に花を咲かせた。俺は最近、古いスイング・ジャズのホーン・プレーヤーのソロに傾倒していて、ことあるごとに近しいホーンプレーヤーから情報を集めさせてもらっているところなので、この時もダニーに、「若い頃は誰のプレーを聴いた?」と訪ねると、彼は他の多くのプレーヤー同様、チャーリー・パーカーやキング・カーティス等のレジェンド達はもちろんだが、それら以外に、リズム&ブルースやファンク・ミュージックの歌手、特にスティーヴィー・ワンダーやレイ・チャールズの、歌のメロディーラインに常に耳を傾け、それらを出来るだけ正確にサックスでコピーしたのだという。「ホーンプレーヤーはギタリストのように、音の順番や位置を目で確認するわけにはゆかないから、音の流れを体得するのにできるだけ時間を割いた。」とも話してくれた。また彼は多くのホーンプレーヤーがあまりスティーヴィー・レイヴォーン・タイプのギタリストに興味を示さない、または好きになれない大きな理由の一つは、彼等のフレーズの「間」があまりにも人間の呼吸からかけ離れているからなのだという。これはロックやブルースを長年プレーしているギタリストにとってはとても興味深い意見で、でもジャンルの如何にかかわらず、心地よい演奏には必ずといっていいほど音と音の間にゆったりとした「間」が存在しているのは確かであるから、これはダニーの意見を裏付けるといえるのかもしれない。さらに、影響を受けたギタリストはいないかどうかを聞くと、「直接フレーズを盗んだりしたギタリストはほとんどいないが、ウエス・モンゴメリーとジャンゴ・ラインハルト、この二人は素晴らしい。それからT・ボーン・ウォーカーとB.B.キング。音楽は『間』が命、“Good players know how not to play.”」と答え、その晩のセッションでも彼は歌心の豊かな素晴らしいソロを披露してくれた。 先月の投稿でギャンブルについて少し触れたが、アメリカのカジノ産業は傍から見るといささか狂気の沙汰に映る。はるか数十マイル先からはっきりそれと確認できる常軌を逸したネオンサイン、本物とは似てもにつかぬほどの安っぽさで観るもの全てを圧倒する模造建造物、まずはスロットマシンの大海原をもがき苦しみながら通り抜けなければチェック・イン・カウンターにたどり着けない巨大ホテル。まるで全てがプラスティックでできた安物のおもちゃのように見えてくる。そして彼等はここをためらうことなく「リゾート地」と呼び、旅行産業の大きな目玉として成り立っているのである。一体この国の何が彼等にそうさせるのだろうか?それはもしかしたら、この国の持つ文化の若さに所以し、この国を象徴するのかもしれない。 ニュージャージの南西海岸に、アメリカ東部では有数のカジノ「アトランティック・シティー」がある。アメリカ最大の都市ニューヨークから僅か3時間ということで、マンハッタンからは20〜30分に一本、それも24時間運行する直通バスが出ているという超リーズナブルさである。今から6,7年前、このアトランティックシティーのあるホテルでたまたま参加したパーティー・バンドの演奏後にこんなことがあった。午前2時過ぎに帰宅のためにホテルの前から乗ったNYC行きのバスは、まずはアトランティック・シティー内の5〜6軒の有名ホテル(カジノ)をまわり、客をピックアップしてからマンハッタンへ向かうハイウェイバスで、その便は最後のホテルに着く前で既にほぼ満員、空席は僅か三席となっており、そして最後のストップには一人の年配の女性と、二組のカップルの、計5名が待っていた。ドライバーは最後のカップルに20分後の次のバスを待つように丁重に詫び、彼等も快く承諾した。最初のカップルが並んで座れるようにと、客の一人は別のシートに移動してくれたりと、全ては丸く収まりハッピーエンド、ドライバーもバスを発車させ、誰もがリラックスして...と思った矢先である。さっき乗ったばかりの年配の女性が立ったまま、開いているシートの隣に座っている男性と口論をはじめた。そこにすかさずドライバーが運転したままの状態で加わり、大声の言い合いが始まったのだ。スペイン語なので何がどうなったのかが全然分からない。するとドライバーが今度はマイクを取り、英語で「乗客の一人が空席から買い物袋をどかす事を拒み、最後の乗客が座れずにいます。これからこのバスは先程のストップに戻り、警察を呼びます。」と車内放送し、バスを荒っぽくUターンさせた。三人の口論は続き、他の乗客たちからも英語スペイン語の入り混じった罵声が飛び交う。バスストップに着き、ドライバーはバスを駐車して、その男の元に行き気長に説得を続けたが、男は頑としてその小さな買い物袋を隣のシートから動かそうとしない。とうとうドライバーは警察とバス会社に連絡を入れた。呆れ果てて、もう誰も喋らなくなっていた。数分後、バス会社の一人と警察官が二人、バスに乗り込んできて、再び男を説得したが、状況に何の進展もないことを認識した警察官は社員と一言二言交わし、その男をバスから降ろし、手錠をかけ、パトカーに乗せた。バスストップには、さっき乗る事の出来なかった最後のカップルがこの逮捕劇を目を丸くして眺めていたが、既に次のバスが我々の後ろに到着したのを見るや、二人は嬉しそうにいそいそとそっちに乗車していった。 これでやっと帰れると思ったとたんにドーッと疲れが出た。あの男、ギャンブルに大負けし、ヤケになってあんな馬鹿をやったのだろうか?
それとも彼はこのカジノの一従業員で、ギャンブル場独特のあの常軌を逸したグルーヴに疲れ果て、シートに足を伸ばしたかっただけのだろうか?今夜の演奏の前に、バンドメンバーの一人が「ここに来る全ての人々が犠牲者だ。」と言っていたけど、本当かもしれないな、などと思って目を閉じたら、あのスロットマシンのノイズが耳の底からよみがえり、とても眠ることができなかった。マンハッタンに帰れることがとても嬉しく感じた。 追伸 蛇足 ヒロ鈴木はデボラ・コールマン(Deborah
Coleman)バンドのリズムギタリスト。 今までのコラムはこちら。
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