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2006年09月29日

第8回:the Melvins "A Senile Animal"

ご無沙汰しています。最近仕事と私生活で様々な事があり,決して"忙しすぎた"と言うわけでは無いのですが,書くタイミングを失っていました。人間がファッションに囚われる事と同じで近代音楽は商業化を強いられ同じようなバンド,曲が溢れています。でも人生に色々な事が起きるようバンドも色々な形があってもよいと思います。今回紹介するのはもう5年以上仕事をさせてもらっているバンドMelivnsの作品です。このコラムの読者の皆さんは自分と彼等の関係をご存知だとはおもいますが,彼等の作品を聴いたことがあるでしょうか?今まで彼等の作品を手がけてきて同じようなアルバムが一枚もないのです。彼等の素晴らしい所は他のバンドと異なるだけでなく自分達の作品のマンネリ化を避け,20年以上続いている今,なお進化しつづけている事です。今回の彼等の作品の大きな違いは新しい2人のメンバーです。ベースが替わった事。そしてドラマーが1人増えツインドラムになった事です。その新生Melvinsによる新作"A Senile Animal"が10月に出るのでその宣伝も兼ねそのアルバムを曲ごとに分析したいと思います。

A Senile Animal.jpg
1 "The Talking Horse" - 2:41
2 "Blood Witch" - 2:45
3 "Civilized Worm" - 5:57
4 "A History of Drunks" - 2:20
5 "Rat Faced Granny" - 2:41
6 "The Hawk" - 2:35
7 "You've Never Been Right" - 2:30
8 "A History of Bad Men" - 6:43
9 "The Mechanical Bride" - 6:26
10 "A Vast Filthy Prison" - 6:44

新しい2人のメンバーはBig BusinessというJared Warren(Bass/Vocal)とCoady Willis(Drums)のシアトル出身の2人からなるバンドです。ライブを数回観た事がありますがとても2人組のバンドとは思えない重圧感。Coadyのその細い体からは想像のつかない,力強くアグレッシブなドラムさばき。それに加え,ベースアンプを2つ,時には3つ使いギターやキーボードのない分,他の楽器の音域をも補うベース。そして180cm後半はあるJeradの大きな体からは想像のつかない高い声はドラムとベースの爆音に負けず劣らず突き抜けてきます。そんな彼等がMelvinsに加わったと言う事は...音のインフォメーションが...音のケンカです。それをどうやって料理するか,録音の日数が少なかったためもあり,準備と構想を念入りに行いました。

チャイニーズゴングとベースの爆音で始まるアルバムのオープニングを飾るのが"The Talking Horse"。「あれ?ベースが真中にない」と思う人もいると思いますが,のっけからベースが2つで左右のチャンネルに振り分けてあります。前奏はDale Croverのみドラムが右チャンネルから聴こえてきます。0:39でドラムが2ついなる事に気付くと思います。1:48ではさまざまなパーカッションを使っている"ヒップホップセクション"が聴かれます。そこでは通称808(Rolandのドラムマシンのモデルナンバーから取ったもの)と呼ばれるベースドラム音のサンプルを入れてより最近(?)のグルーヴ感を意識しています。これは自分がメンバーには内緒で入れておいたのですが,次の日にJaredがラフミックス(録音の途中などでやる録音やアレンジを確認するための簡単なミックス)を車の中で聴いたらしく,「車のサブ(低音スピーカー)で聴き取れたんだけど,808入れたでしょう?」とそれくらいの低音なので大きなスピーカーでしか分からないとは思います。
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Photo by Kaz Tsurudome

ミュートの聴いたギターとベースの演奏によるミドルテンポでヘビーな2曲目が"Blood Witch”。 どことなくEn Vogueを思い出させる(?)ボーカルはメンバー全員4人によるもの。Coadyは今まで"叫びもの"以外でボーカルの録音をしたことがなかったそうですが初めてにしてはなかなかのものでした。曲に空間があるので全ての楽器が聴きやすくなっていると思います。後半はベースに歪みがかかりスネアのリムショットを使ったりして前半との違いを出しています。

"Civilized Worm"はこのアルバムのシングル的な曲です。ツインドラムと聴いて実験的アルバムを予想していた自分が最も驚かされた曲です。メロディー,雰囲気,展開どれをとっても素晴らしと思いました。何所となく一連の70年代のバンドを彷彿させます。T-Rex, the Sweet, Queen, Cheap TrickそしてLed Zeppelin等の影響が伺えます。自分もその手のバンドに影響されているためMelvinsの曲で一番好きなものになりそうです。重ね取りされたBuzz Osborneのボ−カルが左側に広がり,ハーモニーを担当するJaredのボーカルは右チャンネルに広がっています。ブレークダウン終了後の1:56で3つ目の重ね取りされたドラムが出てきます。3:41ではJaredによる叫びのハーモニーが曲全体を考えた時2つのセクションに分かられているものをうまく繋ぐ役目をしています。その直後3:48からは後半のセクションとなるのですがここからはDaleとJaredによるボーカルです。Daleが真中,Jaredが左右に振り分けています。2つのドラムソロで始まり3つのドラムソロで幕を閉じます。Melvinsを聴いた事がない人にはこの曲をお薦めします。

Civilized Wormに続きMelvinsファンのみならずロックファンを魅了するであろう4曲目が"A Hisroy of Drunks"です。軽いギターが左右に別れていて,真中に重いギターが3本目となっています。両脇はFender Japan製のMustang,90年代頭に$400くらいで手に入れたそうです。それにXoticのBB Preamp(わざとらしく書いているわけではありません)を通し自分が所有するGretsch 6161と言う'59年に作られたアンプに差し込んでいます。真中はBuzzのLes Paul CustomをBossのBass Overdriveを通してSunn Ampに差し込むと言った彼のメインのセッティングです。両脇のギターを大きめにして曲全体を軽く聴こえるように作っています。その結果,Buzz,Dale,Jaredのボーカルが浮きだって聴こえて来ると思います。
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Photo by Tomo Kiriu

ここから先の3曲は彼等が"トリロジ−"と名づけた速いテンポでヘビーなものが続きます。その始めが"Rat Faced Granny"。BuzzのLes Paul Customがメインで左右に録音されています。1:13で出てくる高い音のギターは自分の所有するFender Japan製のTelecasterを自分が作ったFuzz,"T-Fuzz"に通しています。軽い音な上,Fuzzがかかりかなり高い周波数をイコライザーで強調してそれにエコーをかけているのでLes Paulの音とは全く違った楽器に聴こえて来ると思います。ボーカルはBuzzとJaredの2人のみです。

その次が'The Hawk"です。これもLes Paulがメインになっています。ベースが左右にふられている上,かなりの低音を意識しているので小さいスピーカーで聴く分には聴き取り辛いと思います。前半のボーカルはBuzzとJaredのみですが,1:49からメンバー全員で歌っています。1:54でかすかに聴こえて来るのがT-Fuzzを使ったギターです。

三部作の最後を飾るのが"You've Never Been Right"です。その前の2曲よりドラムが出てきていると思います。ボーカルにステレオのトレモロ効果を加えています。これらの効果は他の2曲と感じが似ているのでその2曲と差をつけ聴き手を飽きないようにしています。3本のギターが入っています。真中からメローディーラインを奏でるソロギターもLes Paulによるものです。これらの3曲は全てドラムソロで終わることにお気づきだと思います。これはライブでドラムソロ的なものに歌が加えられるような演出を意識して作られています。"You've Never..."の最後に聴こえて来るLo-Fiな音はミニカセットを使って録音されたドラムの音です。前回のAltamontの録音(第7回参照)でも使った録音方法ですが,今回はドラムが2つと言う事でもう一つ買って2つのドラムの前においてその方法を全曲で使用しました。ただ全ての曲のミックスで使ったわけではありません。

ここから先,最後まで3曲スローテンポで彼等が時々"ストーナーロック"に分類される訳がなんとなく分かるような曲が続きます。その始めが"A History of Bad Men"です。これはJaredがメインのボーカルを務め,Buzzがそのボーカルから一つしたのオクターブで歌っています。2:14から3:03あたりまでのボーカルはJaredのみが8度ほどの重ね取りをしたものです。この曲をヘッドフォンで聴いていただくと分かるのですが,所々でドラムに変化があります。これらにはオートメーション(ミックス時のフェイダー等の自動操作)を利用しています。ドラムが左右に動いたり,突然ドラムの幅が狭くなったりしている事に気付くと思います。4:48秒からのドラムに使われる効果はヘッドフォンでなくとも聴き取れると思います。上に書いたミニカセットを含め,他の様々な質の低いマイクを6,7個スタジオに仕掛けました。それらと小さいコンソールを使い,それらの音源をもう一台のコンピューターに録音して後からシンクロナイズさせました。その他にも後からドラムのみを再生してエフェクトをかけたものもあります。4;46で聴こえる刀に使われる効果音のようなものは, ドラムを2つの小さなスピーカーで再生し2つのマイクで拾うのですが,この時にちょっとした工夫をしました。ワイアレスマイクを二本使い,それらを90度くらいの扇型の方向にして棒に括り付け固定します。それを離れて置かれた2つのスピ−カ?の前に持ってきて再生時にその棒を回しそのマイクから取れる音を録音しました。つまりドップラー効果のようなものが生まれます。レズリースピーカーの反対の原理で,なっている物が回るのではなく,録音するものが回っている。つまり聴いている人がくるくる回る感じになります。これをやり終えたとき,これを思いつくほどの時間があった自分と,誰もこんな事をやっても気付いてくれないであろう事に虚しさを感じました。

ミックス最終日に長いツアーの中休みに家に帰ってきていたToolのAdam Jonesがスタ
ジオを訪れました。その日にミックスの確認を兼ねて全曲を聴いていた時,Adamが「今までのMelvinsの曲で最も俺が好きな曲だ」と絶賛したのが9曲目の”The Mechanical Bride"です。全てのボーカルにエコーが他の曲以上にかかっています。Buzzとハーモニーを歌うDaleにはPlate Reverb(名のとおり鉄のプレートの反響を使ったリバーブ)がかかっていますが,Jaredには他のエコーをかけ全く別の場所で歌っているようにしています。この曲だけドラムの配置が違います。他の曲は右利きのDaleが左端から真中,左利きのCoadyが左端から真中,つまりタムタムが高い物から低いものに移って行く極一般的なフィルを彼等が同時に行った時,両脇から真中に流れていきます。この曲に関してはCoadyのドラムセットを全て左右をひっくり返しました。つまり右利きのドラマーが2人いるように聴こえます。ドラムフィルを行った時,Daleは右端から真中,Coadyは真中から左端に流れるようになっています。これらはあらかじめドラムは一つ一つ別々のトラックに録音されているためミックス時に配置を換えることが出来ます。

最後の曲,"A Vast Filthy Prison"はイントロからなにか変な感じを受けると思います。左側から聴こえるCoadyのドラムは4分の4拍子を刻むのに対してDaleは8分の11拍子を刻んでいます。4拍子に置き換えると5.5,つまり一拍半のずれが出てきます。この曲は彼等がもっとも難しいと曲と考えていたのは無理もありません。歌が入っている所にスネアロールがありますがこれは重ね取りされたものです。つまり4つのスネアドラムがこの曲には使われています。

このアルバムは13日間で録音,ミックスされたました。ドラムに使われたマイクは"遊び"のものを含めると30個を越えています。ツインドラムと言う事で多くのMelvinsファンは実験的アルバムを想像した事だと思います。でも蓋を開けてみると,しっかりした曲がありボーカルアルバムとも言えるアルバムになっています。 "You can still tell it's us, but we've tried to grow. It's way better than all of our other stuff‐way better." MTVのインタヴューでBuzzが言った言葉です。進化しつづけるバンドMelvinsの最高傑作と自らが言っています。これはMelvinsファンのみならずロックファン,音楽ファンそして音キチにも聴いてもらいたい一枚です。MP3の音源をイヤーフォンで聴くのではなく,CDを買って大きなスピーカーでドラムの爆音を体感していただきたいものです。

日本の方も↓で購入できます。
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↓でこのセッションのトシさんの日記が読めます。
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投稿者 admin : 2006年09月29日 07:41

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