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2009年01月13日
明けましておめでとうございます
まったくもってご無沙汰しておりました。
最後に更新したのが、2007年の後半ですか...............。
ひどいですね。
見捨てたかたも多いと思いますが、また書きます。
そして、ヨーロッパツアーにDUB AINU BANDで行ってからの話がか
なり中途半端で終わっていますので、まずそれにカタをつけようと。
前回は結構ドイツでのことを細かく書きましたが、今回は端折って、
というわけではないのだが、もう相当前の事になってしまったので、
出来事を事細かには書けず。
なので写真を中心に。
えっと、ドイツを後にするところからでしたな。
ドイツの後はイギリスはロンドンへ。
OKIさんのヨーロッパでのライヴコーディネイトをやってくれている
ポール・フィッシャーさんのお膝元へ。
「WOLD LONDON」というちょっとした文化フェスでの演奏。
2泊3日の日程で、到着した日は会場の下見と簡単に近場を個人観光。
一応、ビッグベンとか見に行く。
行った当時は物価が高く、ロンドン、高けぇ〜、サンドウィッチ一個
800円かよ、とかあきれてた。あと、古いユーロ札をコンビニで使お
うとしたら、レジのやつに偽もんと疑われて、使えず。
翌日、銀行で新しいものに替えてもらったりとか、そんな思い出もあ
ります。
会場のQUEEN ELIZABETH HALL」はロンドンの中心地にあり、文化
センターみたいなところにあった。
ここではOKIさんと親交が深かった「KiLA]というアイリッシュのバン
ドとの共演。
良いライヴだったが、終演後にちょっとトラブル等あって、後味悪い
感じになってしまった。バンドの責任じゃなくて、彼らのPAエンジニ
アのせいだけど。詳細は書きません。
あっという間のロンドンで、お次はスペインのグラナダへ。
到着したのは、夜。ロンドンからどの程度の飛行時間だったかも忘れ
てしまったが、とにかく夜のグラナダに到着。
ライトに照らされたアルハンブラ宮殿がお出迎えである。
ここはやはりOKIさんの知り合いの日本人U子さんが呼んでくれたの
だが、なんとライヴの共演はあのP.I.L(パブリック・イメージ・リ
ミテッド)でドラムを叩いていた、リチャード・ドゥダンスキーさ
んのバンドとのこと。
P.I.Lの有名なアルバム「メタル・ボックス」はほとんど彼が叩いて
いる。
リチャードさんはイギリスを抜け出して、現在グラナダにて悠々自
適、ってかんじでもないか、とにかく楽しんで、自分の好きな音楽
をやったり企画したりして生活しているらしい。
空港に迎えにきてくれたU子さん、旦那さんのオラーフ氏、リチャ
ードさんと共に、まずは宿泊先である短期アパート(まぁホテルに
近いものだけど)に行き、荷物をおろした後、リチャードさんの経
営する飲みやへ。U子さんの関係か日本人の滞在者も居たり。働い
ている青年も日本人でフラメンコギターとか弾く人だった。
スペイン滞在は、ライヴ自体は一回だけなのだが、一週間程。
なんか効率悪いが、日程上しょうがない。せっかくだからたっぷり
歩き回った。そして昼間からビール飲みまくった。
こちらではビール一杯を頼むと所謂お通しのタパスが付いてくるの
だがこれがそこそこ量があって美味しい。なので、昼飯はみなでビ
ールを一杯づつ頼んで、それぞれのタパスをちょっとずつ楽しむの
で十分だった。
ちなみに日中はすんげ〜厚い。こりゃ本当にシエスタしないとやっ
てられん。なので、毎日、午後は昼寝した。日が当たらんと、乾燥
しているので、結構涼しい。
そんでライヴですが、グラナダの洞窟住居群がある場所で。
そしてその洞窟住居群には洞窟フラメンコバーとかもあったりして。
見学させてもらったりした。
グラナダといえばアルハンブラ宮殿、なのですが、それがステージ
の後ろの大ガラス向こうに見えるという、絶好のロケーションの会
場にて。
とはいっても、公民館みたいな所ですが、なんとまぁ素敵な公民館
であろう。後方、小さくアルハンブラが。
共演したのはリチャードさんのバンドで、ベースを弾いてたのは高
校生の彼の息子だった。ヴォーカルはトムさんという、リチャード
の友人のアメリカ人。スリーピースでカッコいいR&Rバンドだった。
U子さんの働きかけ(ポスターとかも作ってくれた)もあって、街
の人達が結構集まってくれ、楽しい演奏になった。
ライヴを終えた後は、また自由時間の日々が続き、グラナダ散歩三昧
アルハンブラ宮殿観光とか、
フラメンコを観に行ったり。これほんと感動的に素晴らしかった
です。
リーチャードさんのバンドのVoトムさんのホームパーティー行っ
たり。
最後の晩はリチャードさんのお店〜あげくリチャード家へお邪魔で
打ち上がる。濃厚な観光の日々だった。
御世話になった皆さんと宿泊先前で記念撮影(手前の女性がU子さ
んで右となりが旦那さんのオラーフ氏)の後、次の地ポルトガル
へ向かう。
「Festival de musicas do mundo de sines」という音楽祭。
リスボンの避暑観光地シネスという海岸町へ。
このフェス関係者が車をよこしてくれてグラナダから雇われ運転
手さんと共に8時間程のロングドライヴ。車で国境を超えるのは
初めてだったが、なんの手続きもなく、料金所みたいなところを
検問もなく通過してポルトガル入り。
そんなもんなんでしょうか?
ここは滞在短かった。2泊3日。
このフェスはやはりワールドミュージック系のフェス。
着いてすぐ宿泊先に荷物を置き、リハーサル。
その日の晩は主催者が晩飯に招待してくれた。ポルトガルもスペ
インと同じく魚介料理が中心であったが、何となく味付けの感じ
が、日本のそれと近い。
その日は飯食って、割と立派なホテル(しかも個室だ)に戻って
寝て終わる。
翌日ライヴであったが、何と出番が深夜の2時過ぎだった。
昼間は会場近辺をプラプラ小観光したのだが、なんか熱海みたい
なところだったな。若者で賑やかって感じの海辺の街ではなくち
ょっと寂れていて、年配の方々がだらだら休暇を過ごすってかん
じの。
昼寝したりして時間をつぶし、夜になってから他の出演者の演奏
を楽しんだりしてから演奏。
相当盛り上がった。OKIさん達のやっている音楽っていうのが、
やっぱり色んな国の人に訴えかけるものをもっているんだなぁと
サポートしながら実感。
終演後は主催者さんも大喜びで沢山の人が入れ替わり立ち替わり
賞賛に来たんだが、英語以外を話す人が多くて、まぁ英語も大し
て分からんけど、全く何を言われているのか分からず、でもなん
で賞賛って思ったかって言うと、皆、笑顔で、握手とか、「素晴
らしかった」(ま、これは英語でしたが)とかの意味の事を言っ
ておったから。
おれはフランスの音楽関係者に名刺をもらって、フランスに来る
際は是非連絡をくれ、と言われたが、その後フランスに行く事も
いまだに無く、残念である。
しかし、この後は脱兎のごとく、バスへ乗り込み、空港へ直行。
帰りの飛行機は朝早くの出発なのである。
なんでこうなるかというと、帰ってすぐフジロックフェスティバ
ルへ向かわねばならなかったからだ。
『しかしなんですな、このあたりから極端に写真が有りません、
デジカメのメモリーが無くなってしまったんですな。消して良い
もの消して、なんとかこの2枚を撮ったったようで』
空港に着く頃は夜が明けていた。
朝焼けのリスボン空港。
結構乗る便ぎりぎりで、空港着いてすぐにチェックインカウンタ
ーへ。
エールフランスのカウンターでは、荷物重量超過で、恐ろしい額
の追加料金をとられた。
海外演奏旅行の際にはなるべく軽装備で。
そして無事帰国。
何はともあれ、貴重かつ楽しく、充実した演奏旅行。
こんな機会、与えてくれた、DUB AINU BANDの皆様に感謝である。
と駆け足で。一昨年(ほぼ一年半前)の話を。
ではまた。次はこんな間隔空けずに書きたい。
皆さん、本年も宜しくお願いいたします。
投稿者 nakajo : 2009年01月13日 23:46