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2002年1月14日
第4回『師走のトライ』
明けましておめでとうございます。 本年もこの下らんコラムを書くベイシストをひとつ宜しくお願いいたします。
さて、新年最初のこのコラム、なにを書くかといえば...。 これは更新の関係上、年末の出来事等になるのですが、実のところ、昨年の12月というのが結構な忙しさでして、「書かなきゃ、書かなきゃ、と思いつつのあっという
間の2002年元旦」結局、正月早々、大急ぎで書いている次第です。実際のところ、正月は正月で遅い目の年賀状書き、あるいは実家まわり等々、忙しかったりするのですが、引き受けている以上、「もう遅れてしまったから、などと開き直ったりすることは当然許されん」訳でして、ここはひとつ「気合を入れて気合の入ってない文章を書かねば」とレッツ・ゴー!
能書きというか言い訳はこのくらいにして....。 2001年12月、ワタクシが所属しておりますシアター・ブルックというバンドは、小ツアー的なのもを数本(小ツアーだからあんまり忙しくないんと違うの? なんて言わんで下さい)及びレコーディングのプリプロ、ミーチングを激しく行っておりました。 そして暮も暮、12月の30日の新宿LOFTというライヴハウスで行われた、シアターブルックのファンクラブイヴェントが、仕事納めとなったわけですが、これが自分のキャリアにとって大層な出来事となった訳です。 何故か? そんなに大層なものなのか?
このファンクラブイヴェント、実は副題として「シアターブルックの大忘年会」という、なんともベタでカックンなタイトルがついていたのですが、「ファンクラブに加入している人だけが体験できる、スペシャルな物とは何ぞや?」ということになりまして、その結果出た案が「それはもう、シアターブルックでヴォーカルをとっている人(つまりタイジ君)以外が歌を歌ってしまうということではないのか?」でして、それが実現してしまったのです。 「各メンバー(サポートの沼澤さん北村さんも含め)はそれぞれの歌いたい曲を期日までに決めてくるように」という決定の後、あるライヴリハの場で、各自が持ち寄った曲やいかに? 普通ならばシアターブルックの曲を ヴォーカルの人以外が歌うことに意味があるように思われるのですが、そこはもう大忘年会という事になってますので、なにやらカラオケ大会のような曲目が勢ぞろい致しました。 ハリー・ベラフォンテを選んだ人はまだしも、後の3人は加山雄三、尾崎紀世彦、西城秀樹といった、ちょっと時代錯誤な王道宴会路線です。 因みに、ワタクシ中條は何を選んだかというと「また逢う日まで」、そう尾崎紀世彦だったのだ。
その日、つまり12月30日のイヴェントにおいて、何か1曲必ず歌わねばならないという決定の後、中條は様々な名曲を思い浮かべ「いったい俺に何が歌えるというのだ?」「スモーキー・ロビンソンなんて渋いかも」「いや待てよ、あんまり難しい、というか上手い歌い手の曲はどうなのだ?」といった自問自答を繰り返していた。
結果、導き出された答えは 1、英語の歌は無理じゃ 2、歌詞が多いものもダメ 3、あんまり格好良い歌は俺の下手な歌ではコケル可能性が高い 4、勿論ベースを弾きながら歌った方が様になって良い の4点であった。
そして、中條の同居人の「昔の歌謡曲には良い歌が沢山ある」の一言でMr. 尾崎紀世彦の「また逢う日まで」になったわけだ。 幸いなことに、この名曲の入っているCDが手元にあった為、本当に歌えるのか?という事を再確認するために、プレイヤーに盤を乗せPLAYボタンを押すと...。
おおっ、あのナイスなイントロ「パッ・パッ・パラーラ・ラ」(これはホーンセクション)「ドン」(これはフロアタム)が流れてくるではないか。 引き続き、あの歌声が...「また逢う 日まで 逢える 時まで」と...。そして中條は引き続き歌ってみた「別れの その訳は はなしーたくぅなぁーいー」イケル、イケルではないか。 密かにほくそえんだ中條は、この2番までしか無い短さもまた覚える上でラッキー、と思いながら小さくガッツポーズを決めたのであった。 確かに尾崎氏の歌はなかなか上手く、そのスケールの大きさを出すのは素人的には困難なことかも知れぬが、筒美京平氏作曲のこの曲のメロディーラインはとても音符を掴みやすいものであった。 更に、曲のアレンジメントも1971年という時代からか、なかなかファンキーで良い。勿論、当時の歌謡曲という事で、低音はさほど効いていないのだがライナーによるところの寺川正興氏のベースラインも格好イイのだ。「これをベース弾きながら歌ったら、結構イイんでないのぉ」なんてまたしてもほくそえんだ中條は、あっという間に顔を歪めたのである。
上記の4番目の条件に問題発生。「こんな複雑なベースライン、弾きながら歌えるワケねーじゃん...」 「しかし、がんばればこれに近いことは出来るか...」とおもむろにベースを取り出し、なんとなくコード進行に沿ってトライ。 イントロ、イイカンジで弾けてます。 歌、歌い出し「また逢うっ、へっ、ひっまっ、でぇーっえぇーっ...」「やっぱり出来ねーじゃん...」当たり前である。 今までベースを弾きながらまともに歌なんぞ歌ったこと無いのにそんないきなりの暴挙が可能な訳が無い。 バンドでコーラスをとることさえいつも大変な苦労であり、「すまぬ、このベースラインを弾きながらでは、この譜割のコーラスはとれんのだ」とか言ってる中條には当然の結果なのだ。 不器用で、おまけにパニくり安い性格の彼ならばなおさらである。
こういうものは練習の賜物なのであろうか? 確かにシンプルにルート音のみを弾きながら1小節を4分音符のみ、あるいは8分音符、16分音符のみを弾きつづけながらならばもうちょっと練習すれば何とかなるような気はする。 しかし、どうしても口と手が一緒になってしまうし...なんかちゃんと歌詞に節を付けて歌えん。 そして、歌詞を完全に把握していないと、歌詞を忘れると同時に手の動きまでそれに付き合いやがる...。
なんとも情けないのぅ........。 世のギターを弾きながら歌を歌う方、ベースを弾きながら歌う方、ドラムを叩きながら歌う方、キーボードを弾きながら歌う方に対する尊敬の念が更に強く、改めて強くなった師走の夜の出来事である。 しかしもって、少しは「これは慣れればきっとそこそこ可能になるはず」と思ったのもまた事実。 2002年の新たな目標にしようではないの。
さて、その件のイヴェント、どうなったかというと...。
やっぱり、歌もベースも中途半端になっては収集がつかず、ということで、ベースはバンマスのタイジ君に弾いてもらい、歌に専念した次第。 調子に乗って、ハンドマイクで熱唱致しました
勿論、歌が本職ではないので、かなり恥ずかしいものになったとは思いますが、観に来てくれた方々アンド中條にとっては貴重な体験だったと確信しております。
投稿者 admin : 2002年1月14日 08:34