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NORIKO インタビュー (1/5)

チャカ・カーンやティナ・マリーのツアーに起用され、またLAの数々の人気バンドのライブにも出演して引っ張りだこのNORIKOさん。 一方、彼女の作品がMP3.COMのボサノバ部門で1位になるなど創作活動においても最近注目されています。 シングルマザーで9才の息子さんを育てながら、好きな音楽で生計を立て、自分の作品を世界中の音楽ファンに届けるといういくつもの顔を持ったNORIKOさん。 そんなNORIKOさんの生き様は、日本の多くのミュージシャンの方々に勇気を与えるものと思います。 今回は彼女の秘密にせまってみました。 アメリカでミュージシャンとしてチャレンジしようと思っている皆さんには必見のインタビューです。(彼女の連載コラムはこちら)

LA のBaked Potatoが毎月超満員となる人気ラテンジャズバンド Jean July & All Startsの固定メンバーとなったNORIKOさんの熱いライブの写真はこちら!

PCI:とりあえず生い立ちからお伺いしたいんですが?

Noriko:静岡県の清水市で生まれ2才までそこにいたそうです。 全然覚えてないんですけど。 その後、3才から小学校の2年生まで大阪の高槻市にいました。 音楽のレッスンを始めたのはその頃なんです。

PCI:大阪に行かれてからいつ音楽を始められたんですか?

Noriko:5才の時です。 これは母が言ってた話なんですが、4才の時に幼稚園の音楽教室のちらしを持ってきて、ここに行きたいって言ったらしいんです。 でも、その時はまだ小さいってことで行かせてくれなかったんです。 で、5才の時にまた同じちらしを見せたんです。 もう1年待ったから習ってもいいでしょって。(笑) その時に、リトミックとか絶対音感とかのトレーニングを受けたんです。

PCI:それはヤマハですか?

Noriko:はい、ヤマハだったと思います。 先生が出張して幼稚園に来るというパターンでした。 それからずっとヤマハでした。

PCI:小学2年生までですね?

Noriko:はい。 小学2年生の時に四国の高松市に引っ越しました。 その時に高松で出会った先生が今はLAにいらっしゃるんですが、ヤマハでもトップクラスの先生だったんです。 小浜先生って言います。

 

小浜先生は今LAに住んでみえます。これは最近の写真。

で、その先生が私にいろんなメロディーを吹き込んでくれて、モチーフっていうんですか。 それで小学校3年生の時に始めてオリジナル曲を書いたんです。 今でも覚えてるんですが、5分位の曲で長いんですよ、それが。 で、それを発表会で弾いたんです。

PCI:それは歌詞入りだったんですか?

Noriko:いえ、歌詞入りじゃなくて、エレクトーン演奏です。5才にリトミックをやって、グループレッスンをして、それからエレクトーンになったんです。

PCI:エレクトーン全盛の頃ですよね。 四国にはいつまでいらっしゃったんですか?

Noriko:3年間居ました。 それで5年生の時に北九州市に移りました。

PCI:その後、その四国の先生とはどうなったんですか?

Noriko:その先生とは、手紙のやり取りを続けていました。 そして北九州ではヤマハのジュニア専門コースに入ったんです。 そこで聴音とかソルフェージュのトレーニングを兼ねながらエレクトーンとピアノも習ったんです。 北九州市には中学の3年生まで居たんです。

PCI:ずいぶん転々とされたんですね。

Noriko:ええ、でも音楽はずっと続けました。 中学3年生の時に金沢に移り、それからずっとそこに居ました。 金沢ではヤマハではなく、個人の先生に付きました。 その先生が仁愛女子短期大学って言って私の出た大学の講師だったんです。 武内という先生です。 

PCI:そうですか。 そこでは主に何を勉強されたんですか?

Noriko:オーケストラのスコアをエレクトーン用にアレンジする、たとえば ホルストの書いた「惑星」という曲とか、モーツアルトの曲をアレンジしてエレクトーンで弾く、そしてピアノの人を連れてきてコンツェルトを一緒にやるんです。 だから私が全部オーケストラのパートを弾いて彼女がピアノを弾くという感じですね。

PCI:エレクトーン主体の勉強をされてたんですね?  高校3年間金沢で?

Noriko:はい、そうです。 学校に行きながら個人の先生に習っていました。 ピアノも別の先生に習ってました。 ピアノはピアノでまた違うので。

PCI:その後、仁愛短期大学へ行かれたんですね?

Noriko:はい、電子オルガン科で、バッハのオルガン曲を弾いたり、クラシックの曲をアレンジしてエレクトーンで弾いたりしました。 

PCI:バンド活動はいつ始められたんですか?

Noriko:大学の時に福井大学のロック研究会に入ってました。そこでスクウェアとかやってましたね。 当時流行ってたんで。 コンサートも何度かやりましたよ。

PCI:高校時代はどんなジャンルの曲を聞いてたんですか?

Noriko:それが恥ずかしいことにPCIのコラムにも書きましたが、さだまさしが好きだったんです。(笑) 

PCI:あっ、そうでしたね。(笑)

Noriko:さだまさしかジャズでした。 それからエレクトーンの曲で、リー・リトナーやボブ・ジェームス、スティービー・ワンダーなんかを弾いたりしてました。

PCI:そうですね、当時エレクトーン関係で洋楽の楽譜が多く出てましたね。 そこから洋楽への接点ができたんですね。 ロサンゼルスとの関り合いはいつですか?