何かの本で読んだ、岡本太郎のこんな言葉を思い出す。 もう、ただしゃにむにレコードを聴き漁り、ギターを弾き、スーパースターを夢見た。スーパースターかどうかは別として、とりあえずプロフェッショナルとしてギターを弾きたいと、自分の将来と音楽とのディスタンスを具体的に思い描き始めたきっかけが、中三の時、卒業もまじかの大晦日の深夜テレビで観た、映画「ウッドストック」だった。ものすごい形相で噛み付くようにギターを弾くアルヴィン・リーに完璧にノックアウトされた。まるで情熱を音に変換するかのごとく演奏するサンタナ、ジョー・コッカー、リッチー・ヘイヴンス。喜び、悲しみ、怒り、全ての感情を白いストラトキャスターの六本の弦に織り込み、次の瞬間にはそれらをいっきに爆発させるジミ・ヘンドリックス。この映画での彼らの演奏が、俺にとっての音楽を、ただの「楽器演奏」から「感情表現」へと昇華し、それ以来、一生涯音楽にどっぷりと浸り続けたい、プロとして演奏したい、と強く願うようになった。 何かのTVコマーシャルではないが、これらの「きっかけ」が無ければ、今の「俺」は全く違った「俺」になっていたのかもしれない。19歳の時から東京で約10年、プロミュージシャンを夢見て頑張ったが、何も起こらず、気が付けば29歳になっていた。夢をあきらめ、自分自身に大きな一区切りをあたえる意味で30歳までの一年をNYCで過ごす事に決め、1992年の2月にミッドタウンにある長期滞在用ホテルへ引っ越し、翌3月にはブルックリンのアパートに落ち着いた。 活気に溢れるNYCの音楽シーンにどっぷりと浸るべく、俺は毎晩のように生演奏を聴き、時にはジャムセッションに参加し、驚きと喜びの毎日が続き、そしてなんと、翌月の中頃には初めての「ギグ」に参加し、金を稼いだ。ニューヨークでミュージシャンとして金が貰える、正直なところ、これは全く予想外だった。その最初のギャラが$15。タクシー代にあっさりと消えた。それでも本当に嬉しかった。 その後、月2、3回のペースでギグが入った。自分の中に情熱が蘇るのを感じ、出来るだけ多くの人の前で出来るだけ多くのミュージシャン達と演奏し知り合い、なんとか「月2、3回」を「週2、3回」にしようと、ギターを抱えて毎晩マンハッタンへ出掛けた。危険な時間帯に危険な地下鉄ラインを使って移動しなければならないリスクにも目をつぶり、帰宅後も寝る間を惜しんでギターを練習し、「出来る事を全部やれば、なんとかなる。」と、4ヶ月頑張った。 ...が、現実は甘くない。ギグの数は増えず、生活資金は減るばかり。音楽とは無関係のバイトをする気には全くなれず、日に日に弱気になってゆく自分を見るのも嫌だし、はじめの自己約束より随分あっさりと気が抜けてしまったようで情けない話だが、もうあきらめて日本に帰ってしまおうか、という気持ちになっていた。明日にも帰国への片道チケットを買おう、という夜、当時のルームメイトで、俺より二年長くNYCに住むアーティストのT君が、「最初の一年は、ニューヨークがヒロさんを見てるんだよ。4ヶ月じゃ答えは出ないよ。」と話してくれた。彼のこの言葉はグッと心にくるものがあったのを憶えている。 そしてそれから僅か数日後にこんな出来事があった。 その後俺は引続き数曲を演奏し、いつもの様にバンドメンバーに礼と別れを告げ、地下鉄駅へと向かった。重い足取りで。とぼとぼと歩いていると、背後で誰かか誰かを呼び止める声がする...“Hey,
hey, wait..., just a minute...!"「おい、ちょっと、待て!」と。振り向くと、さっき店にいた例のネイティヴ・アメリカンの男が長い髪をなびかせ、ピカピカの靴を躍らせながらこっちに走ってくる。「ええっ、俺?!?!」と、立ち止まりポカンとしていると、「なあ...、ちょっと...、まあ、待て。話をしないか...。
なあ...、君は何処から来たんだ? 彼は1ドル札8枚を俺に握らせ、待たせているリムジンへと走っていった。こんな弱気な俺の演奏に感動し、「ありがとう。」と言ってくれる人がいた。そして「続けてくれよ。」とも言ってくれた。地下鉄ホームのベンチでしばらく動けなかった。燃え尽きかけていた自分の中の情熱がくすぶり返す音を聞いた。 翌日、既に購入していた片道チケットを往復チケットへ変更した。そしていつか必ずあの男の前でもう一度演奏したいと思った。思い出すと、これも現在の自分への、大きな大きな「きっかけ」の一つだったと言える。あれから10年以上、俺はずっと走り続けて来た。そして、世界中を演奏旅行する環境、あの男の住む街を訪れるチャンスも少なからずある現在の環境に、やっと自分を置くことが出来た今、走るスピードを少しだけ落として自分を見つめてみると、俺は彼との再会を今でも楽しみにしており、その時がまた俺にとっての大きな「折り返し点」、つまり「きっかけ」になるような予感がしてならない。 HIRO SUZUKI 蛇足その1 蛇足その2 ヒロ鈴木はデボラ・コールマン(Deborah
Coleman)バンドのリズムギタリスト。 今までのコラムはこちら。
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