第13回:2004年、日本の旅 - その1
「究極の味、広島、京都、大阪。究極のギター、塩次伸二。」


11月9日から12月1日までの約三週間、毎年恒例ともいえる里帰りで日本に行った。その間、茨城、栃木、広島、京都、大阪、神戸、そして東京と、いろいろな場所に出かけ、各地で計七回のギグやセッションを行ない、多くのミュージシャン達と演奏をする機会に恵まれ、充実の三週間となった。その中でも、俺がこれからの人生の中でまず絶対に忘れられないのが、我が永遠のアイドル、御大、塩次伸二氏との二度にわたるセッションだった。良い、上手い、エグい、の三拍子揃ったギタリスト、塩次伸二。歌いまくり心に染み渡るセクシーなフレーズ。壷を押さえて逃さないエフェクタータイミング。まるでオルガン・プレーヤーの様な分厚く正確なコードワーク。グルーヴがパワフルにうねりまくる、正確無比なリズム感。参った。とてもかなわない。

ある超有名日本人ギタリストが、「天狗になっていた俺の鼻を、いとも簡単にへし折ってくれた。」と塩次氏を絶賛していたが、俺にしてみれば、「折られる鼻さえ俺には無い事を、優しい笑顔で見せつけてくれた。」となる。そして同時に多くの事を教えていただいた。これから先、ギタリストとして何に的を絞れば良いのか、そんな「標的」と、それに向かって行く「元気」をいただいたように思う。経験をつまれた大先輩ミュージシャンとして、頼りになる気さくな御人柄である。「ヒロ君、またやろうよ!」と別れ際に声をかけてくださったが、実に恐れ多い。でも是非、また来年も乱入したいものである。...塩次さん、京都の「こってりラーメン」、ごちそうさまでした。身も心も腹いっぱいです。来年までに腹を空かせときますので、また連れて行ってください!

演奏活動の合間を見て、いくつかの観光名所を回ることが出来た。日本は、なんといっても食べ物。スタートは京都セッションの前に訪れた広島、宮島である。まずは宮島名物の焼き牡蠣で完全にノックアウト。炭火にパチパチとはじける殻の音を聴きながら、上品な磯の香りにレモンを絞り、口の中一杯に濃厚な旨みが溢れる。美味い。次に穴子丼。関東の穴子とは違う。歯応えがしっかりしていて、非常にシンプルな味付け。さっぱりしている。米がこれまた美味い。いくらでもおかわりが出来そうだ。そしてお好み焼き。目の前にうず高く盛られたキャベツの千切りとモヤシにジュワジュワと音を立てながら火が通ってゆく。ソースをたっぷりと塗り、青海苔と花鰹を思いっきり振りかけて、大きめに切ったやつを鉄べらに乗せてフゥフゥ言いながらかじりつく。へらの角っこを上手い事使わないとやけどをしてしまうから御注意。甘い。野菜の甘さだ。野菜をこんなに美味く食する料理が他にいくつあるだろうか?

そして広島駅で購入し、京都へ移動する車中でいただいた鯖の棒寿司(これも広島名産なのだろうか?まあ、それはどうでも良いだろう。)の美味さは三週間以上経った今でも忘れる事が出来ない。こうしてワープロのキーを打っていても、あの酸味と旨みがフラッッシュバックしてきて、口の中が唾液で一杯になる。(結局、二日間の広島滞在で八食以上平らげた様な気がする。)

京都では、昼食にいただいた豆腐会席が良かった。小さな器に美しく盛り付けられたいくつもの料理が静かに運ばれてくる。窓には「見頃」と呼ぶには尚早な木々の色付きが、それでも霧雨にけむる京都の街を彩る。「これって、もしかして『雅』?!」などと自己満足に浸っていたら、大阪行きの新幹線に乗り遅れそうになった。

そしていよいよ大阪である。梅田の商店街に見つけた、ごくごく普通のうどん屋で昼食を取る。何の変哲も無い、古ぼけた小さな店だが、サラリーマン、OL風の客で一杯だ。とろろ昆布うどんをいただいた。関東には無い、優しい味が体全体に染み渡る。しみじみ美味い。しばし時間が止まる。夕食は、今回は焼肉を食べに鶴橋へ。大阪の友人が以前、「鶴橋駅は焼肉の匂いがするんですわ。」と言っていたのだが、その時はとてもじゃないが信じられなかった。ところが、大阪環状線の電車が鶴橋の駅でドアを開けた途端、それが大袈裟でなく本当である事を思い知らされた。すきっ腹に染み入る焼肉の匂いだ。心なしか空気が煙っているようにも思える。焼き肉屋さんのひしめく裏通りの、一番はずれにあるカウンターだけのお店(確か、「空」というお店。御姉妹と思える、メッチャメチャ美しいお二人のオネエさんが働いていた。)で、タン塩、コリコリ、テッチャン、プップギ、レバー、筋カルビ(他にもいくつも注文したが思い出せない。)を小さなコンロの網でジュージュー焼いては大口に放り込み、最高に美味いカクテキをたいらげ、大ジョッキの生ビールを飲み干した。ちょっと焦げ臭い肉の甘みが、冷たいビールの苦味と重なり合う。ジョッキの水滴が指の間を走り抜ける。たまらない。こんなことでアメリカなんかに帰ることが出来るのだろうか?今でもビールを飲むと、あの時の煙の匂いが思いっきりフラッシュバックする。さしずめ、「霧雨にけむる京都」に「焼き肉に煙る大阪」か。来年も絶対に行きたい街と味だった。

御存知の通り、アメリカ合衆国は極めて肥沃でとてつもなく広大な土地の上にある、世界でも1,2位を争う農業国だ。同時に世界で最も裕福で最も腕力の強い国でもある。ところがまるでそれに反比例するかのように、この国の食文化は傍から見ていて思わず哀れになるほど貧相だ。アメリカ国内の何処でも良いから、一週間でもツアーして回れば、これは火を見るよりも明らかで、その上悲しい事に、いや、彼ら自身にとってはむしろ幸福な事なのかもしれないが、その貧相さがどれだけのものか、当のアメリカ人達が全く気が付いていないのが現実だ。

それに比べて日本の食文化は凄い。新幹線でほんの1時間移動すれば、そこには全く違う「食」が出迎えてくれる。そしてそれらのどれもが長く深い歴史に根ざした味だ。新幹線でわずか15分しか離れていない京料理と大阪料理の違いなどはその最たるものである。もっと身近なところで、例えば最寄の商店街を思い出してみてもその差は歴然としている。蕎麦屋があり、ラーメン屋があり、寿司屋があり、定食屋があり、とんかつ屋がある。毎日の食事選びには事欠かない。。かたやマクドナルドにバーガーキング、ウェンディーズにサブウェイ、あったら万々歳のKFCが良いとこである。白状してしまえば、年齢を重ねる毎に、このカルチャーギャップがボディーブローのようにひしひしと身に凍みて応えてくるのが分かる今日この頃だ。

さてと...、そろそろ音楽の話に戻ろうかな...でも腹が減った。音楽の話の続きは来月にして、飯でも食おっと。

蛇足
アンプ・エンドース元のセントルイス・ミュージックが、わざわざ俺の為にアンプを日本へ送ってくれたのだが、初日となった宇都宮でのギグでいきなりぶっ壊れた。困ったもんである。「塩次セッション」には修理が間に合わず、結局京都ではハウスアンプであるフェンダー・ツインを使わせていただき、大阪ではPCIのK氏が持ち込んでくれたDr.Zアンプの45Wをクローズドバック(2x12)スピーカーキャビネットに繋いで使用した。
!!!、素晴らしいアンプだ! ドスの利いた分厚いトーンが思いっきり抜けて前へ出る。コシがあるのに切れがある。トーンコントロールのレスポンスも非常に素直だ。バックパネルから内部を覗くと、EL84(真空管)パワー管。俺が日頃から慣れ親しんでいるトーンではあるのだが、、その豊かなトーン・ボディーは、他のEL84パワー管のアンプをはるかに凌いでいる。欲しい!「Kさん!、これ、良い、良いよ!いくら?」...値段を聴いてすかさず涙を呑んだが、ギタリストの皆さん、是非、このDr.Zアンプ、一度はお試しあれ!
(PCI コメント:Dr.Z Amp Prescription ES (RX-ES) Head の詳細はこちらへ)

蛇足2
日本からの飛行時間は約12時間。いつも思うのだが、日本人のフライトアテンダント(スチワーデス)さん達はまるでどこかのスポーツクラブのシンクロナイズドスイミングの選手達みたいだ。同じ身長、同じしぐさ、同じヘアスタイル。スリムで可愛らしい方ばかり。そして彼女たちの働きぶり、気配りのきめの細かさにはいつも唖然とさせられる。少なくとも今までの俺の経験から言えるのは、アメリカ、そしてヨーロッパの各国と比較すれば、日本の旅客機会社のフライトアテンダントの仕事振りの質は格段に高い。まず自分の仕事に対する誇りからして比較にならないほど高いのだろうと思う。一体、あの差は何処から来るのだろうか?また、他のアジアの国々のフライトアテンダントは一体どうなのだろう?

蛇足3
東京駅の新幹線ホームに立っていていつもその不気味さゆえに思わず「引いて」しまうのは、到着した車両から止めどもなく湧き出る様に黙々とホームに溢れかえる、全く同じリクルート・スーツ姿のサラリーマン、OLの群れだ。あれは物凄い。制服とは、日本人の一生にとって極めて重要なアイテムなのだろう。

ヒロ鈴木はデボラ・コールマン(Deborah Coleman)バンドのリズムギタリスト。
デボラ・コールマンのサイトは↓
http://www.deborahcoleman.com/index.htm

今までのコラムはこちら。
ヒロ鈴木のWebsiteはこちら
ヒロ鈴木のインタビューはこちら
デボラ・コールマンとのライブレポートはこちら