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2011年4月18日

第45回 やりたくない時に

まず最初に先日の大地震とその関連の震災で被害を被られた皆様へ、心からお見舞いを申し上げたいと思います。 本当に想像を絶する出来事で、神経がヤワな自分なんかはビデオで被害の状況などもつらくて見るのができないほどショックを受けたんですが、遠いアメリカでのほほんとやっている人間がこうですから、日本の皆様はさぞかし大変なことだろう、と正直言葉にも想像にもつかないですが、同じ日本人、そして人間として心は痛みます。 

他の職業の方々のブログや記事など読みましても、無力感というか、大きな出来事に際して何もできない自分という人間にふがいなさを感じるという心境を告白なされている方々が多くいて、自分も全く同感なんですが、しかしだからといって日常生活をやめるとか中断するのもいいことではありませんし、どうしたらいいんだろうと色々自分も考えました。 全く月並みな結論ですが、やはり自分の与えられた環境で、自分に手の届く範囲で精一杯生きるというところに行き着くほかはないんではないだろうかと考えます。 募金したり、こちらで日本のために募金するのはどこへお金を送ればいいのかという質問に答えたり(全く僕の答えるべき質問かわかりませんが、しかし日本はあまり手当たり次第外国からの支援を受ける国ではないとの記事も読みましたので、とりあえず赤十字なら日本にも長く存在している団体だし多分大丈夫だろうと説明しておきました)本当に些細すぎるほどのことなんですが、でも気を使ってくれたアメリカ人に対して、日本人としてありがとうと言っておくなど、自分にできることをやろうと心がけるようにしています。

Being a professional is doing the things you love to do, on the days you don't feel like doing them. - Julius Erving

有名なバスケットの選手の話ですが、訳すると、「プロとは自分が好きなことをやる気のでない日にもやるということだ」という具合になりますでしょうか。 僕も最近以前にもまして定期的にギターの練習するように心がけていますが、どんなに好きなことでも、また大事なことでも、やはり乗る気になるない日というのはあります。 でも積もるのは日々に積み重ねですから、コツコツ練習する、どんなに忙しくても15分はギターに触る、ということを目標にしています。 震災などあると本当に考えてしまいますが、でも思うに、他の方が不幸に出会われたから同情するのはもちろん当然ですが、しかし自分もつられて自分の家族を養うなどの責任を放棄したり、無力感や罪悪感にまかせて自分も不幸せな状況に追い込んでしまったりするのは理解できるとしてもしかし問題解決に至らないなと考えています。 

些細すぎて馬鹿らしいかもしれませんが、僕にとってギターを弾くということは自分の幸せにつながる大事な行為です。 弾いた日はよりいい気分で過ごせますし、また日々の積み上げから実力が向上して来ているのを感じるその手応えは快感といってもいいでしょう。 そして、幸せな人間の方が、不幸せな人間より、より他の人にもその幸せを分けてあげる力、可能性があると僕は信じています。 僕はサッカーの話が好きなんでが、サッカーの人たちは好きなサッカーを通して貢献しようとしていますし、ギターを弾く人間はギターを通して、ギターを弾くということをやめないでそれを何かよいことに使うということをすればいいんではないかと思います。

お互い頑張りましょう。 ではまた次回に。

投稿者 ari : 2011年4月18日 03:25


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