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2009年6月16日

第33回 映画作曲家になるには

隔週の更新にするつもりがまた一月空いてしまいました。 僕は自分でいうのもなんですが密度の濃い(?)人生を送っているので一月もたつとかなりの変化があることもあります。

で、前回、ありついた映画作曲の仕事は今から一年半後に始まります、なんていってたら今度はもっと小規模のインディー映画のサントラの仕事にありつきました。 これは実はもうじき始まります。 というのも、僕が監督に出会った時点でこの作品は編集も最終段階に入ったところでしたから。 何でも他のミュージシャンが音楽やるはずだったんですけど、あまりに当てにならないので業を煮やして僕に鞍替えすることにしたそうです。 今度の作品はAmerica's Next Felonといいまして、アメリカの次の大罪人、とでも訳しましょうか。 一般市民がコンテストを通して悪事に手をそめ、立派な悪人になるというプロセスをドキュメンタリー風に撮ったブラックコメディーです。 長さは準長編とでもいいましょうか。 60分くらいになるそうですが、テレビのシリーズを続けて観るような感じに編集されているので音楽もテーマ曲とか繰り返し使えるはずなので、作らなければいけない音楽の量は多くないです。 最初に観たときは、ホームビデオ調の安っぽい映像を観て「これは自分の関わるようなものではない」と思ったものですが、しかし観て、監督の話を聞いてるうちに、彼が一生懸命努力してつくったもので、実はこれが7本目の作品(!)だと聞き、音楽の量も多くないしこれは手助けしてあげたいという気になったのです。

デジタル化にともない映画も以前と比べると庶民でも手が届きそうなところまで制作費が落ちてきましたが、しかし音楽に比べるとまだまだ映画は一本つくるのに莫大な時間、動員と費用がかかります。 その上、大枚はたいてつくった映画もそれから利益につながるかというとそれは音楽以上に難しく、本当に大変な業界です。 でも難しいからこそ見果てぬ夢を追求する人たちもでてくるわけです。

映画監督になるのにしかれたレールなどありませんが、まあこの国で一般的なのはロスアンゼルスにいって、監督のアシスタントとかの仕事をしながら経験を積み、まず短編映画をつくって自分の実力をみがき、それらの積み重ねから最終的に長編映画へと上り詰めるという具合でしょうか。 上記の人の7本というのも全部短編で、もちろんそれから収入は全く得られていないでしょうし、金のかかる趣味という次元からのスタートでしょう。 しかし一本の短編をつくるのにも、役者からカメラマンから何人ものクルーを集め、撮影し、編集し、一本まとめるの相応の努力がいります。 それを7本も積み重ねてついに自前で60分前後の作品をつくるところまでこぎつけた彼の努力と根気には頭が下がるのです。

さて、監督になることが目的でなくて、例えばDirector of Photography(メインのカメラマン。 日本語では正式になんていうんでしょう?)とか、アートディレクター(美術)とか、メークアップ担当とか、映画を撮影するさいには色々な役割があるわけで、それの一つでもその道の専門家として知られるようになるには実績をつまなければいけません。 皆、基本的にはただ働き、ボランティアから始めます。 そうやって何本かに関わるうちに実績ができてきて、少しずつ収入になる仕事にありつけるようになります。 

映画作曲家も基本的には道筋は同じです。 ハリウッドにいって大作曲家のアシスタントなんかになれればいいですが、それは競争がものすごいと聞きます。 僕は映画作曲は基本的にミュージシャンとしての副業と考えているので、ロスに引っ越してまで追求するほどの意欲は感じていないんですが、しかし他の人と協力して、音楽よりスケールの大きい作品を生み出す醍醐味は音楽だけの製作にはないものがありますから、これからも機会がある度に少しずつ仕事を積み上げていきたいと思います。

ミュージシャンの中には映画作曲やりたいという人がごまんといて、いったいどうやったらそういう仕事にありつけるのか、という質問を時々されるのですが、自分のバンドかなんかで録音した曲をバックグラウンドミュージックとして提供するのならともかく、映画の映像にそった音楽を製作するというのは作曲の中でも非常に特殊な作業なので、自分で曲ができるから、作曲できるから映画の音楽ができるかというと必ずしもそうと限りません。 僕もその道での教育(大学などで)を受けたわけではない(僕はクラシック作曲の専攻で、映画音楽の専攻ではないんです)のでその技術をどうやって身につければいいのか、その辺はちょっとやってみる他はないとかしかいいようがないんですが、でも根本的に指摘できることが一つ。 映画作曲という仕事は「映画をつくるのに必要なプロセスの一つを担う」ことであり、最終的には映画をつくるのが目的で、それは必ずしも「いい音楽をつくる」という目的とは一致しないということです。 例えば場面によっては音楽は非常にシンプルで繰り返しが多く、音楽それだけでは聴くに耐えないものがしっくり来ることもあります。 音楽そのものが観客の気を引いてはいけないことも多いです。 ここのところを勘違いして「いい音楽をつくってやろう」と意気込んでやると返ってやりすぎになってしまうこともあるかと思います。

映画作曲を本気で目指すのなら、まず最初に映画が好きなこと。 何と言っても仕事相手はミュージシャンでなくて映画家たちですから、彼らの言語を話せなくてはいけないわけです。 その上で、「いい映画をつくるために、必要とされている音楽をつくる」という明確な目標をもち、それを実行させるのが映画作曲家です。

僕も偉そうなことをいえるほどのキャリアをつんでいるわけではまだありませんが、少しは仕事の経験がありますので、それもなくて漠然と「映画作曲やってみたいなぁ」と思って人にはまあ少しはアドバイスできるということです。 

少しでも参考になれば幸いです。



投稿者 ari : 2009年6月16日 17:02